さて、これから、何が起こるのか その3
中国北京でオリンピックが始まりました。
東京オリンピックで、チャフラフスカに感動し、メキシコオリンピックで、サッカー銅メダルに感動したとき、まさか、中国でオリンピックが開催されるとは想像もしていませんでした。
ただ、71年に、名古屋で、卓球の世界選手権があったときに、ちょっと想像できたかもしれません。
そのときの中国卓球エース壮則棟と、今回の北京で、旗手をつとめる福原愛選手を重ねるのは、私だけでしょうか?
ウィグル、グルジアなどあちこちで、民族独立のための戦争が続いています。
それは、日本で、アイヌや琉球民族が独立のために闘争するのと同じですが、東京にいると何も感じないのではないでしょうか?
つまりは、いったい、私たちは、オリンピックを通じて何を求め、何を期待しているのかがわかっていないかもしれないということです。
たしかに、楽しければいいという意見があるでしょう。スポーツに政治を持ち込むなという人もいるでしょう。
しかし、アトランタオリンピックでは、選手村でテロがありましたし、今回の北京だって、いつどこかに、毒入り餃子が出回らないとは限らない。
そして、福田総理は、中国にわずか13時間滞在して、毒入り餃子の解明をお願いして、すぐに帰国。
さすがに、いつ寝ているのだろうと、気の毒になりました。
ガソリンが高くなって、パンではなく米を買う人が増えていて、その影響で、焼きのりと納豆が売れているそうです。
オリンピックの開会式をみて、北朝鮮のパレードを思い出している人も少なくないでしょう。
ばらばらと書いているようですが、何を言いたかったかというと、みなさんが、たべているご飯やおかずを見て、世の中で、起きている戦争やテロを連想できるかということです。
たぶん、できないから、何が起こるかが予想できないのだと思います。
つまり、何が起こるかがわからないのではなく、結果として、わからなかったから、何が起こるかわからないと、わからなかったことを「合理化」しているのが常だということです。
ということは、何が起こるかを、どの視点から、どれを材料にして、そして、どのぐらいの確立で想像するかが、「危機管理」として重要になると思います。
東京新聞のサイトです。ご参考までに。 63
http://www.tokyo-np.co.jp/feature/08olympic/news/080708.html






