いったい何が起こっているのか その6
今日は、憲法記念日です。
ふと、35年前のことを思い出しました。
それは、長沼ナイキ訴訟、札幌地裁福島裁判長による「自衛隊違憲判決」でした。
35年前といえば、私は高校2年生、顔にはたくさんのにきびがあり、その当時は、自分がどんな考えをもって世の中に出て行こうか考えあぐねていた時期でした。うちでは、ほとんど、家族と口をきかなくなり、きわめて心理危機的な状況でもありました。
表面的には、部活や学園祭の活動やオーケストラや演劇など、勉強以外の活動に熱をあげていましたので、きっと、私が内面的に何を悩んでいたかは、ほとんどの人がわからなかったと思います。唯一、英語のスピーチコンテストで、現代日本社会には情報があふれていて、真のコミュニケーションができていないから、これからは言葉をこえたこころの通うコミュニケーションが必要だという主張をした部分が、おそらく、私のあのころの本音だったと思います。
ちょうど、そのころ、福島裁判長の判決は、法学部に進んで国際公法を勉強したいと思っていた高校生の私にとって、まさに、日本の憲法第9条を、司法の立場から守る上では、なくてはならない判決だと感動していました。
もちろん、それから35年の間に、私の考えは変わりました。みなさんも、ナイキと聞いて、地対空ミサイルよりも、スポーツシューズを思い浮かべるでしょう。それも、ナイキから、湾岸戦争で使われたパトリオットになっており、やがて、PAC3になるのです。旧ソ連への脅威がなくなることで、防衛戦略も変わるし、アメリカが日本を守るだけの財力がなくっている現在、日本が、自衛隊を違憲にするよりも、憲法を改正することで日本を守る力を備えるべきだと考えるようになりました。
しかし、大事なことは、高校2年生の私は、法律を守る立場の人の潔さと勇気に感動したということです。それは、私は、結果的には法学部に進みませんでしたし、いまは、国際公法とはまったく無縁の世界で仕事をしていますが、安談の世界を守り、人に伝えていくという気持ちと変わりないと思いますし、なんと、当時コミュニケーションの大切さを訴えていた自分が、35年たった今もあるということを示しています。
つまり、何が起きても、周囲が変わっても、自分のある部分は、そうかんたんは変わらないし、変わらずに残した方がいいものがあるということです。
福島裁判長は、「政治的」とレッテルをはられ、その後、家裁に異動させられ、裁判長として判決を書くことは一度もなく、16年後に、退職したそうです。
正しいことを言って、攻撃を受けるなんて理不尽かもしれませんが、今の私は、それがよく分かります。
それは、嘘を言って、自分を守る人たちをたくさん見てきたからです。
どうか、正直者がばかをみない世の中でありますように。憲法記念日にふと思いました。






