いったい何が起こっているのか その5

昨日、青森県弘前に、日帰りで花見に行って来ました。行きは7時過ぎの羽田発の飛行機でした。
河津桜から始まって、青山の桜、そして、弘前城の桜で、今年の桜は、終わりです。なんて、のんきなことを言っていたら、こんなことがありました。
弘前から、八甲田の酸ヶ湯温泉に行って、青森駅に出て、八戸を経由して、はやてに乗って、表参道駅に帰ってきたのが、夜の11時半でした。私は、朝早くメール処理する関係で、夜遅くに都会にいることが少ないものですから、その表参道駅ホームの光景を見てびっくりしました。
表参道駅ホームにいる人の半分以上が、若い(といっても、私から見て若いという意味の、10代後半から40歳ぐらいまでの)女性だったのです。
私が30年前、大学生のころ、夜11時過ぎに、しかも日曜日の深夜に若い女性が駅にいるということは考えられませんでした。いるとしても、おミズ系の方で、若い男性としてもちょっと近づきがたい雰囲気を持っていました。
ところが、昨晩、乗り込んだ車内でも、半分以上が女性で、携帯をいじっているか、寝ているか、しゃべっているかのいずれかで、本を読んでいる女性は、その車両にひとりもいませんでした。本を読んでいる男性がふたりいました。
20年ぐらい前に、大学生に、「日曜日の夕方五時ごろうちに帰る女のひとはきれいなひとが多いよ。だってつぎの日に、仕事や勉強があるから、外で遊んでも、夕飯はうちでとって、明日の準備をしようとする人は、きちんとしているからね」と語ったことがあります。
案の定、昨晩、駅には、きれいなひとはほとんどいませんでした。
これって、性差別でしょうか?私は、そうは思いません。むしろ、あんなに遅くの時間に、ひとりで携帯いじっていたり、足をひろげて寝ていたり、起きてもぼーっとしている、隙だらけの女性だから危ないのだと思います。
私なんて、ホームの上でも、いつ後ろから突き落とされかねないとおもって、緊張しています。
26日に京都で行なわれた日本語臨床研究会では、「桜に死生観を見るのは日本人だけだ」という教育講演が、ベテランの精神科医の先生からありました。でも、現代日本人には、季節どころか自分の生活の中で、死生観がそのものに欠けている態度や姿勢が多くなっているのではないでしょうか?
警察官の拳銃自殺、出会い系サイトによる誘拐監禁、硫化水素発生による住民被害、などなど、手軽になっているだけに、気をつけて扱わないといけない問題が多くなっていると私は思います。







