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2007年09月24日

国を愛する人

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 昨日、異業種交流会で、大相撲千秋楽を見に行く機会がありました。写真左の白鵬が、右の千代大海を破り、横綱になって初めての賜杯を手にするわけですが、、、、、

 私は、君が代斉唱の場面には、同席することができませんでした。というのは、白鵬が優勝したことで、朝青龍引退の向きが強くなると、もう朝青龍グッズが手に入らなくなると思って、国技館の相撲グッズ売り場に、朝青龍グッズを買いに出ていたからです。
 朝青龍のT-シャツを手にしながら、国技館の中からもれ聞こえる君が代を耳にしたとき、私はふと思いました。朝青龍は、優勝するたびに、モンゴル国歌を聞きたかったのではないかと。優勝した自分の国の国歌ではなく、大相撲を主催する国の国歌が流れるのかに疑問をもったのではないかと。
 さらに、その前の日に、ご両親と大相撲を観戦したA子様が、朝青龍の本名のドルゴルスレン・ダグワドルジを知っていて、そのご家庭では、朝青龍ではなくダグワドルジと呼んでいるという報道を聞いて、やはり、このうちでも、M子様がA子様に「どの国で、どんな立場で生まれたかではなく、生まれた国で自分が親に大切にされたことが大事なのよ」と教えているのだなと連想しました。
 そして、千秋楽と同じ日に、朝青龍と同じような理由に総理を辞めた人の代わりに、自民党総裁の選挙が行われました。たまたま、大昔に、新しい総理になる人の家族を知る機会がありました。その家族が通う私立小学校への通学路には、大きな幹線道路があったのですが、横断歩道があるにもかかわらず立派な歩道橋ができていたので不思議に思っていたら、家族がご入学するにあたり、当時の運輸政務次官だった、今度の総理のお父さん(すなわち、元総理)が、学校にプレゼントしてくれたという話でした。
 さて、国技館では、セレモニーが続いていました。そして、最後に行われたのは、テレビでは見られない、出世祝でした。序の口、序二段で、よい成績を収めた力士が土俵にあがり、会場の人たちと三さん七拍子で、出世を祝うものでした。朝青龍も、白鵬も、異国の地をふんだばかりのころに、幕内をめざして、ここで祝われたのだろうと思いました。
 今年は、太田道灌が江戸城を作って550年にあたります。その550年の間に、江戸城は皇居になり、蔵前には国技館もできました。モンゴル出身の横綱も生まれたのですから、皇室にも外国の文化が流れてもおかしくないですね。私は、ほんとうに、この国を愛する人が多くなることが大切だと思っています。そのためには、自分の国がしてきた功罪を深いところで考えられる為政者が生まれることだと思います。
 そして、そのときになってはじめて、「君が代」は、心の底からたたえられると思います。

2007年09月12日

職を賭してとは、職を辞してだったのか!

 みなさん、お待ちかねでしょうから、阿部総理辞任について書きます。

 まず、私は、たまたま、ほんとにたまたま、「徹子の部屋」に、小顔にする歯医者さんが出るということを新聞テレビ欄で知り、1時過ぎに、10チャンネルをつけたところでした。
 すると、いきなり、ニュース速報で、阿部総理辞意表明と出たのです。顔の大きい私はどうすればよかったのでしょう。トホホ。
 それに、阿部総理が就任したときに、私も含めて、みんな「一年持たないだろう」と言っていたのですから、どうして「速報」なのか、そんなことより、私の顔は小さくならないのかのほうが大事でした。

 さらに、そのニュース速報の女性キャスターが、総理官邸の記者を呼ぶのですが、その記者が総理と同じ苗字だったので、キャスターが、呼びづらそうで、とても気の毒でした。だって、「あべさん、あべさん、阿部総理は?」「では、あべさん、そのまま阿部総理に関する取材を続けてください」と、聞いているほうも、頭がおかしくなりそうでした。

 ところで、どうして、阿部総理は辞めることにしたのでしょう?

 たぶん、40年以上も前に、阿部さんのおじいさんが総理をやめたとき(内閣総辞職)のことを思い出したのでしょう。自分が辞めることで、自然成立した日米安保条約が国民に認められると考えたおじいさんのことを。
 阿部総理の左目ははれぼったくなっていました。昨日の晩から泣いていたのでしょう。あるキャスターは「政治的自殺」とコメントしていましたが、ほんとうに死なないでよかったです。

 2時からの記者会見そのものはラジオで聞いていました。1チャンネルの政治部記者が阿部総理に質問していましたが、その名前を名乗った記者は、たしか、その苗字は五つ子のお父さん!五つ子ちゃんはどうしているだろう。76年生まれだから、もう31歳になっているはず。ひょっとして、質問したのは五つ子のうちのだれかかしら。

 阿部総理の話は、とにかく、「もう決めたのだから、言うことはないし、あとは次の総理に聞いてくれ」というように、私には聞こえました。白いワイシャツに、おそらく新品のきれいなスーツ、そして青いネクタイは、奥さんが、朝コーディネートしたのでしょう。「あなた、ご苦労様でした」と。総理の「全力をつくして」と繰り返し言っていたのが気になりました。
 阿部総理は、シドニーで、「職を賭して」と言った時点で、この「職を辞して」を考えていたでしょう。その間に、自分の地位にこだわらないと発言していましたし、特そ法更改を民主党と手を組もうとして、民主党党首に袖にされた時点で、これ以上延ばせないと判断したのでしょう。

 だから、繰り返しますが、阿部内閣ができたときに、一年持たないと考えられていたのですから、そんなに、大騒ぎすることではないのです。
 というわけで、小顔にするための顔の運動についての放送はは、いつされるのでしょう?
 それに、秋田地方裁判所で、今日から始まった審判において、人格障害かもしれない被告のありようのほうが私には、気になるのです。前から、あのお母さんの画像を見て気になっていたのですが、親から「口をとじなさい」と言われてなかったんでしょうね。9月にはいって、渋谷で塾帰りの中1女子が行方不明になっていますし、阿部さんも、そういう育ちや教育環境をの世界をもっと知っていれば、社会保険庁の失態についても、「そんなことを言ったら、国民の不安をあおることになる」なって言わなかったでしょうね。おぼっちゃま総理なんて揶揄されることはなかったでしょう。
 ということは、つぎは、ばかやろう解散をする総理大臣ですかね。
 

 以上のことはフィクションで、実際のお話ではありません。おやめになったのは、阿部総理ではなく、安倍総理でした。このタイトル「阿部総理自慰」でもよかったかしら。まあ、こじま某の「関係ねえよー」ってことで。ちゃん、ちゃん!


2007年09月02日

日本語回帰

 今日の新聞を読むと、「忘れられた日本人」を書いた民俗学者宮本常一ブームであるとか、ユーミンとか中島みゆきが、この数年の歌詞に外国語を使わなくなったとか。
 カウンセリングよりも、安談がいいという時代が来るでしょうか?

 先日、まだ35度を越える日に、安談のスーパーバイザーであり恩師である人の墓参りに行ってきました。ただ、さみしかったのは、あれほどの著作もあり著名な人だったのに、このお盆の季節に、花ひとつなかったことです。
 臨床家というのは孤独なのだということをあらためて感じました。その人に救われた人は何人もいただろうし、弟子たちはいろんなところで活躍しているのに、暑い日差しの中でひっそりとしている。家族を省みずに仕事をしていたと聞いているので、そういうものなのかとも思いました。
 安談が安談であるのは、日本人の文化的背景や、日本人の考えたかたを、困っている人の中でとらえなおし、なおかつ、日本人の生活の中でどうすればいいのかを考えるところです。やっと涼しくなってきた9月です。
 中秋の名月が近いですが、「月見」をするのは日本人だけだという話を聞いたことがありますか?

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