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2007年07月25日

「夫の実家」というストレス

 これは、最近発売された、私の愛読書のひとつ「婦人公論」の特集です。

 20年以上も、家族の相談を受けていると、このようなタイトルにはまったく違和感がないのですが、よく読んでみると、あらためて、日本人の「家」の構造を感じざるをえません。
 そして、女性ならば、あるいは、嫁・妻なら、一度ならずとも感じたことのあるストレスであり、意外に、30歳代の若い世代の結婚観にも、「夫の実家」はおおきく反映していると、臨床の現場からも感じます。
 結婚してまもなく離婚するカップルが多いのも、実は、結婚する前はわからなかったけれど、入籍してみたら、「家」が表に出てきたことによるものと思われます。逆に、20年、30年たっての熟年離婚にも、実は、「夫の実家」について不満を持っていた例がたくさんあります。
 この特集、世の中の男性みんなに読んでもらいたいと、私は素直に思いました。なぜなら、この特集に書いてある女性の気持ちを、臨床場面で、何度となく繰り返し説明しているからです。
 もちろん、こういう「ストレス」はつきものなので、女性の方にも、ストレス耐性を整えることも大切です。そのためには、人とのコミュニケーション、すなわち、人の話をよく聞くスキルを若いうちから身につけてもらいたいと、強く私は希望しています。

2007年07月17日

知らされていない柏崎

実は、この地震について、私が知ったのは、夕方5時過ぎの車の中でした。

 鎌倉コロキアムで仕事をして車で川崎方面に向かったときでした。午前10時ごろに、新潟、長野で震度6強の地震があったとラジオで言っていました。ところが、私の気持ちは、行楽地鎌倉から車が出せずにいることのほうが重要になっており、柏崎と聞いて思い出すのは、北朝鮮拉致の蓮池さんの顔であり、ニュースから流れる地震で亡くなったひとの年齢がほとんど70歳過ぎであることから、どうして、お年寄りが地震で亡くなるのだろうと不思議に思うだけでした。結局、渋滞で鎌倉を出るのに一時間以上かかったことで、川崎の用事は、あきらめざるをえなくなりました。
 そして、昨晩11時半ごろ、ぐらっときました。これが、大きくなったらこわいだろうなと思いつつも、まさか、関東に大きな地震が来るとは思わないのでした。
 やっと、大きな問題に気づいたのは、朝刊が届いた6時ごろでした。
そう、柏崎には原子力発電所があり、水漏れと火災が起きていたことを初めて知り、背筋がぞくっとしました。ラジオではひとことも原発事故にはふれていなかったことに気づいたのも、そのときでした。新聞三面には、田中角栄元首相の墓が倒れたという記事が載っていましたが、それと原発事故と比べてみても、柏崎と聞いて、原発を思い出せなかった私は、とても恥ずかしく思いました。

 新潟、長野のみなさんに、地震災害のお見舞い申し上げます。
 そして、空梅雨、台風、地震と続く日本が安全かつ平和でありますように。

2007年07月11日

リンク追加いたしました

 リンク先として、以下の2つのサイトを追加いたしました。

●NPO子育てエンジョイネット「ひとつ」
●ユリア心理サポートセンター

 リンクされているサイトをご覧になりたい場合は、一番上のグレーのメニューバー一覧にある「リンク」をクリックするとページが開きます。
 今後とも弊社HPをよろしくお願いいたします。

2007年07月09日

ここでも視点の移動を

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鎌倉コロキアムのCPクラブで、江ノ島のヨットに乗ってきました。
この写真は、救助艇のボートから、CPたちのヨットを写したものです。

 昨日、小田急ヨットクラブの協力により、インストラクターと救助艇つきの「しなやかに海を走る」企画がありました。
 とても天候に恵まれ、風も波も陽も、ヨットにとっては、申し分ないものでした。
 風を切りながら、ヨットを走らせている最中に、ちょっと、釣り糸をたれたら、50センチあまりのさわらと、25センチぐらいのいなだが釣れました。CPたちも、バケツをはみ出して、船上をはねまわる魚を見て、びっくりしたと同時に、魚って海にいるんだということを実感してくれたことでしょう。
 前回のブログにて、雲の上から見ると国境はないという話を書きました。今回も、思ったのは、陸から見る江ノ島や湘南の海と、海から見る江ノ島や湘南海岸や海辺の景色は、まったく異なるということです。
 そして、沖には、海上保安庁の巡視船「やしま」が停泊中でした。今回のアレンジをしてくれた私の友人が、以前横須賀にヨットで行ったとき、当時の空母「キティホーク(これもいぜん、63という旗艦番号なのだということをこのブログに書いたと思いますが、退役して、今度は、別の原子力空母が来ます)」がいたので、近づいていったら、ヨットに「銃を向けられた」と言っていたので、ちょっと、海猿もこわかったですが、大きな双眼鏡でちらと見られた程度ですみました。
 私たちが世界を見るときに、私たちが見慣れた世界から、私たちがそれまでに考えてきたように、その世界を判断するものです。常識とか通念とか権威とか、私たちの考え方を規定するものは身の周りにたくさんあるので、自分たちが、どうしてそう考えるのかを振り返ることはほとんどありません。
 ところが、同じときに同じものを見ても、見ている人によって感じ方が違うのがあたりまえです。それを同じように感じさせようとするのは洗脳であり、そのおしつけによって、たくさんの命が奪われることだってあります。
 沖から見た陸の風景は、積み木のようにかわいらしく、模型のように整然として見えました。それは、陸から見た海を、大海原とか、わー海だと感じるのとは異なる感覚です。しかも、さっきまで、そちら側ににいたのに、そちら側にいたときに感じていたことを違うことを感じるのですから不思議です。
 だからこそ、「視点の移動」はとても大切に私は思います。

2007年07月05日

もうひとりの好きな作家

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 ちょっと、ブログもご無沙汰していましたが、実は、こんな空にいたのです。

 フランクフルト空港で、成田行きの乗り継ぎ便が、時間通りに飛んでしまって、しかたがなく(しょうがないではない)、7時間後のチケットを取り直して飛び立った飛行機からの景色です。
中欧に行って驚いたのは、「どこから、隣の国になるのかがわからない」ということです。つまり、国境という線がないということです。

 「しょうがない」と発言してやめていった国防大臣がいる国は、四方を海に囲まれているので、海が国境になり、その向こうは「海外」になります。だから、陸続きの大陸の国境には、線がないということにまったく関心がない。だから、南西諸島からエノラゲイに積んで運んできた爆弾が、広島・長崎に落とされても、それは「遠い国からはるばるやってきた特別なお土産」程度にしか認識がないのです。

 ブタペスト(ハンガリー)からブラスチラバ(スロバキアの首都)に列車で入るとき、ずっと、どこが国境なのかじっと見つめていましたが、結局は、分からずじまいでした。地図上のそれらしきところで、いったん、列車が止まりました。もしかしたら、その止まった数秒が、他国へ入国するときの挨拶だったのかもしれません。

 しかも、EU諸国は、身分証明書で行き来できるようになっているので、ブラスチラバでの入国チェックも、ブラスチラバからウィーンにドナウ川のぼりしてウィーン入国したときも、これといったチェックがありませんでした。具体的にどういうことかというと、所持しているパスポートを見ても、入り口のブタペストと出口のウィーンの刻印はあっても、その間、中欧のどこにいたかが証明できる印がないことになります。

 この数日、イギリスで、テロが起きているそうです。もしかしたら、ヨーロッパでは、どこの国の人がどの国にいるかは、把握しきれない危険があるともいえます。ちなみに、同行したスタッフは、人相が悪いせいか、空港のセイフティチェックで必ずひっかかっていました。たぶん、眉間にしわをよせて、にこりともせず、人と目をあわさないスタッフは、怪しいアジアのテロリストに見えたのでしょう。

 おかげさまで、私は、髪の毛が青いので、「それは染めたのか?」とチェッカーに聞かれたり、お土産のチョコレート銘柄の小さな紙袋を見て、「それって最高よね」と検査官に言われたりしながら、にこにこしていたので、テロリストには見られませんでした。

 私のもうひとりの好きな作家は、著作「『話して考える』と『書いて考える』」で、こんなことを言っています。
 「戦争は、人間の個人の病気というよりもっと社会的かつ国家的な規模のものです」と。
 そして、彼は、戦前戦後の体験と、自分の家族の体験を文学の世界に「読み直すre-reading」ことで、ノーベル賞をとりました。

 写真からお分かりのように、私は、この空から見る限り、たとえ雲がなくても、国境を見ることはできなかったでしょう。ところが、実際には、多くの民族が、その時代ごとに、中欧を支配し、その中を政略的に立ち回ったのが、マリア・テレジア以降のハプスブルグ家でした。

 小さいころからけんかがきらいで、性格も温厚な私(だれですか?笑っているのは)は、この研修で、あらためて、「努力によってしか、国の平和は維持できない」と感じました。

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