
昨日も、三浦海岸のせりかわ内科クリニックに、安談手駐在の打合せに行ってきました。
上の写真は、行きの京浜急行の座席を写したものです。
なぜ、こんな写真を携帯電話で撮ったかというと、ここに、座っていた若い女性の行動があとになって気になったからです。
私は、この席に座った女性の前で、携帯電話を操作していました。カメラを操作していたのではなく、メールを打ったり、乗換案内などをつかったりして、三浦から動きにそなえていました。携帯電話の角度は、たしかに、こんなふうでした。混んでいる電車でした。でも、上大岡、金沢文庫、金沢八景と、だんだんに電車はすいていくだろうと思っていました。たしか、金沢文庫の駅で、この席のとなりがあきました。でも、他の人も立っていましたし、携帯電話の操作も途中だったので、私はすぐにすわらず、どうせすぐにどこか空くだろうと思って、隣の席にすわらずに、この角度で操作を続けていたのです。
次の金沢八景で、目の前に座った若い女性がたちあがりました。私は、やはり、すわれるなと思って、すわろうとしました。
そのときです。若い女性が不思議な行動をとったのです。
なんだかわかりますか?
彼女は立ち上がりながら、携帯電話を操作する私の「携帯電話の画面を覗き込んだ」のです。
一瞬、私はへんだなあと思いました。なんで、わざわざ、私の携帯画面を覗き込むのだろうと。
ところが、その席に座ってから、気がつきました。
彼女は、私が携帯を使って、彼女の写真をとっているのだとかんぐったのです。
スーツも着ていたし(これがかえってあやしいのかもしれない。どこかの大学教授とかみなりがしっかりしていても挙動不審者はいますから)、もちろん、目の前にいるからといってじろじろ見ていたわけでもありません。しかし、彼女は、私が携帯電話を集中していじっているのを見て、自分の写真をとられていると意識したのです。
李下に冠をたださずという格言がありますが、日銀総裁は、村上ファンドへの出資について「出資したときは村上ファンドは正しかったのだから出資も正しい。今、村上ファンドが正しくなくても、正しかったときの出資だから正しい」と言い切るのは、まるで、「応援した人が間違っていても、応援した自分は間違っていない」と言っているようなものですから、素人から見ても「だまされやすい人が、日本経済の総本山の指揮をとっていていいのだろうか?」と思ってしまいます。
だから、私も、今後は電車に乗っているとき、女性の前では、携帯電話を操作するのをやめます。