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2006年06月27日

誘拐は極刑?

渋谷の住宅街で、白昼、女子大生が誘拐されました。
母親は、テレビに出まくっている医師です。
身代金目的の誘拐で、最初の電話で、母親は「今用意できるのは、4,5百万円だ」と答えたそうです。

午後11時に「3000万円用意できそう」と母親は答えました。
それにしても、用意できるお金が多額ですね。ちなみに、誘拐された娘さんは、母親の開発した化粧品を売る会社の社長だそうです。
娘の持っている携帯電話は位置情報が伝わる電話でしたので、捜査は早く進んだと思われます。
海岸を歩いていて、北朝鮮に拉致されるのも気の毒ですが、住宅街を歩いていて、誘拐される時代ですから、ほんとうに、物騒な世の中になりました。
もちろん、誘拐犯は、テレビや雑誌を見て、このうちには金があると考えたのでしょうから、マスコミに出ることのリスクも考えないといけないですね。

2006年06月26日

放火は極刑(江戸時代)

 江戸時代、木造建築がほとんどだった日本の大都市江戸では、放火は、とんでもない罪になりました。
逆に、火消し(消防士)は、火事がどこかに発生したら、自分の命をかけて、延焼を防ぐ仕事だったので、町の人からは尊敬されました。

 お父さんに怒られたから、あるいは、怒られるのが恐くて、「火を放つ」行為は、どんな状況にあっても、許されてはなりません。
 取りざたされているオシム監督の語録に「レーニンは、勉強して勉強して勉強しろと言った。サッカーでは、走って走って走れだ」と。これからの日本代表は、それで「走る」のでしょうか。
最近の日本人(大人も子どもも)を見ていて、どうして、「はい、わかりました」と言わないのだろうとたびたび思う。「はい、わかりました」と言ってから、それから、考えたり議論をしたりすればいいのだと思うのに、それを言わない。
 たまたま、アメリカの演劇界を代表する「トニー賞」の授賞式をテレビで見た。演技や歌や踊りには、脚本家や演出家のせりふや指導が第一義的に優先される。だから、すばらしい表現活動になる。オシム監督も基本を教えているに過ぎない。どこの世界も、教わる人の「はい、わかりました」は大事だと思う。
 たしかに、アメリカが「テポドンを発射するのをやめろ」と言っても、北朝鮮は「でも、だって」と言っているのだから、これでは、世の中に示しがつかない。「だめなものはだめ」なのです。

2006年06月23日

文化の干渉 ブラジル戦1-4

画像の確認
 日帰りで、関西に出張してきました。この写真はマジックでもトリックでもありません。不思議なことに、手前右のエスカレーターには、右側に人が立っていますが、向こうのエスカレーターには、左側に人が立っています。ふたつとも、くだりのエスカレーターです。

 これは、右のエスカレーターに、関西の人が立っていて、左のエスカレーターには、関東の人が立っていると思われます。なぜなら、エスカレーターで追い抜く人ためにスペースをあける側が異なるからです。
 先日、福岡に行った時は、関東と同じく、右側をあけていましたので、どこからどこまでが関西風なのか、どなたが知っていたら教えてください。
 ブラジル戦で、前半玉田の先制点を見たとき、やはり今までと同じように、もしかしたら、2点差でブラジルに勝って決勝トーナメントに行けると思った人はたくさんいたと思います。
 しかし、前半ロスタイムで、太っちょロナウドがヘディングで同点にしました。このとき、日本が3-1で勝てると思った人がどのぐらいいたでしょうか?前半がおわって、イレブンが引き上げてくるときの顔を見ましたか?日本チームのメンタリティの弱さが見えた人はどのぐらいいたでしょうか?
 後半わずかな時間で、ブラジルの2点目が入りました。このとき、日本が4-2で勝つ、すなわち、ここからブラジル相手に3点入れると思った人は激減したことでしょう。そして、ブラジルは3点目、4点目をもぎ取りました。
 大きな違いは、ブラジルのシュートは見事に正確にゴールをとらえており、得点になったすべてのシュートはボールの真ん中を勢いよく蹴っています。基本の違いです。
 ホイッスルが鳴りゲームが終了した後も、中田ヒデは、ピッチの上で仰向けになり起き上がろうとはしませんでした。顔にかけたタオルの下には涙でしょうか?
 ブラジルのサッカー文化と日本のサッカー文化の底の深さの違いを見せつけられたようなゲームでした。
 戦って負けて帰国するW杯代表を成田空港でご苦労様でしたと迎えるなら、同じようにして、戦わずしてイラクから帰国する自衛隊員の皆さんをご苦労様でしたと迎えてあげたいところです。

2006年06月19日

ださい?それともかっこいい?クロアチア戦引き分け

060619.img.jpg
僕のお墓があるのは、三鷹・禅林寺。「♪僕の名前を知っているかい?しんりん(森林)太郎と言うんだよ♪♪」なんて歌を歌っている場合ではないか。正しくは、「森(もり)林太郎(りんたろう」と言うのです。それでも、分かりませんか?高級官僚としてドイツに留学しているときに、よろめいてしまったことを小説に書いたんだ。ダンシング・クイーンじゃなくて、ダンシング・プリンセスね。
おっと、僕の目の前に、正確には右はす向かいに、もっとかっこいいのが来たよ。そうそう、「一次予選失格」とか「走れサントス」とか書いた、ほら、かっこいい斜陽っぽい人。

 今日は、彼の命日というか、山崎富栄と玉川上水で心中したのが、58年前の昭和23年6月13日だったんだけど、橋のたもとに死体がひっかかっていたのが6月19日に見つかったので、しかも、彼の誕生日と同じ日ということで、亀井勝一郎氏が中心となって、毎年、この日の2時ごろから参会者が集まってくるんだ。
 僕は、彼の墓前に供えてあるサクランボがほしいんだけど、あれは、彼の遺作となる「桜桃」という作品名から、この記念日を「桜桃忌」と呼ぶことになっているらしい。

(以下引用)
「仕事部屋のほうへ、出かけたいんだけど」
「これからですか?」
「そう。どうしても、今夜のうちに書き上げなければならない仕事があるんだ」
 それは、嘘(うそ)でなかった。しかし、家の中の憂鬱(ゆううつ)から、のがれたい気もあったのである。
「今夜は、私、妹のところへ行って来たいと思っているのですけど」
 それも、私は知っていた。妹は重態なのだ。しかし、女房が見舞いに行けば、私は子供のお守りをしていなければならぬ。
「だから、ひとを雇って、……」
 言いかけて、私は、よした。女房の身内のひとの事に少しでも、ふれると、ひどく二人の気持がややこしくなる。
 生きるという事は、たいへんな事だ。あちこちから鎖がからまっていて、少しでも動くと、血が噴(ふ)き出す。
 私は黙って立って、六畳間の机の引出しから稿料のはいっている封筒を取り出し、袂(たもと)につっ込んで、それから原稿用紙と辞典を黒い風呂敷に包み、物体でないみたいに、ふわりと外に出る。
 もう、仕事どころではない。自殺の事ばかり考えている。そうして、酒を飲む場所へまっすぐに行く。
「いらっしゃい」
「飲もう。きょうはまた、ばかに綺麗(きれい)な縞(しま)を、……」
「わるくないでしょう? あなたの好(す)く縞だと思っていたの」
「きょうは、夫婦喧嘩でね、陰(いん)にこもってやりきれねえんだ。飲もう。今夜は泊るぜ。だんぜん泊る」
 子供より親が大事、と思いたい。子供よりも、その親のほうが弱いのだ。
 桜桃が出た。
 私の家では、子供たちに、ぜいたくなものを食べさせない。子供たちは、桜桃など、見た事も無いかもしれない。食べさせたら、よろこぶだろう。父が持って帰ったら、よろこぶだろう。蔓(つる)を糸でつないで、首にかけると、桜桃は、珊瑚(さんご)の首飾りのように見えるだろう。
 しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐(は)き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。

                      (以上「桜桃」より)

 サクランボをつまみにして酒を飲む。その姿はかっこいいか?それにしても、心中して、文学的にはかっこいいはずの彼の横には、美知子夫人の墓が平成10年に建立されたので、ちょっとそれは、「ださい」なあ。
 サムライブルーは、マンデーブルーとなったのでした。

2006年06月16日

46年前に起きたこと

画像の確認
 昨日、夕方、国会議事堂南門に行ってきました。
 この写真は、どなたの写真だかわかりますか?
 1960年6月15日に、ここで亡くなられた方のお写真です。

 昨日はあいにくの雨。
 赤坂見附から、平河町の交差点を右に曲がると、左手に自由民主党の本部があります。対面には、永田小学校。国会図書館の交差点に来ると、国会議事堂が見えてきます。
さて、私は、はじめて、国会議事堂に歩いてきましたが、そこには、デモしている人たちがたくさんいることを知りました。
 まずは、医療保険法に反対するデモ、そしてつぎに見えたのが教育基本法改正反対のデモ、さらにミャンマーのスーチー女史解放のデモでした。
 首相官邸を右手に見て、南門に向かって歩いていると、右手に、見えたのはこの写真の方に、お花をささげるためのデモでした。ところが、デモ隊は、直接、南門の前を通れず、代表の人がお花をささげて、また反対側のデモ隊に戻り、デモ隊は南門の反対側の道路を歩いていました。
 46年前は、南門にまっすぐ向かうことができたのに、公園ができてまっすぐ歩くことはできなくなりましたし、南門の前も通ることは許されなかったようです。
 私は、46年前のデモのことや、その場で亡くなったかたのことはそのころのニュースでも知りません。私は、わずか、3歳でしたから。
 でも、当時を知る人が、後生に伝える必要のあることであるなら、こういうデモは大切なのかもしれません。
 46年前のこの日、全国で300万人400万人の人がデモをしていたと聞きます。昨日は、100人程度の人でした。
 さて、みなさんは、どんなことを考えるでしょう。
 横須賀には、原子力空母ジョージワシントンが来ることが決まりました。

2006年06月15日

世界の車窓から?

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 昨日も、三浦海岸のせりかわ内科クリニックに、安談手駐在の打合せに行ってきました。
 上の写真は、行きの京浜急行の座席を写したものです。
 なぜ、こんな写真を携帯電話で撮ったかというと、ここに、座っていた若い女性の行動があとになって気になったからです。

 私は、この席に座った女性の前で、携帯電話を操作していました。カメラを操作していたのではなく、メールを打ったり、乗換案内などをつかったりして、三浦から動きにそなえていました。携帯電話の角度は、たしかに、こんなふうでした。混んでいる電車でした。でも、上大岡、金沢文庫、金沢八景と、だんだんに電車はすいていくだろうと思っていました。たしか、金沢文庫の駅で、この席のとなりがあきました。でも、他の人も立っていましたし、携帯電話の操作も途中だったので、私はすぐにすわらず、どうせすぐにどこか空くだろうと思って、隣の席にすわらずに、この角度で操作を続けていたのです。
次の金沢八景で、目の前に座った若い女性がたちあがりました。私は、やはり、すわれるなと思って、すわろうとしました。
 そのときです。若い女性が不思議な行動をとったのです。
 なんだかわかりますか?

 彼女は立ち上がりながら、携帯電話を操作する私の「携帯電話の画面を覗き込んだ」のです。

 一瞬、私はへんだなあと思いました。なんで、わざわざ、私の携帯画面を覗き込むのだろうと。
ところが、その席に座ってから、気がつきました。
 彼女は、私が携帯を使って、彼女の写真をとっているのだとかんぐったのです。

 スーツも着ていたし(これがかえってあやしいのかもしれない。どこかの大学教授とかみなりがしっかりしていても挙動不審者はいますから)、もちろん、目の前にいるからといってじろじろ見ていたわけでもありません。しかし、彼女は、私が携帯電話を集中していじっているのを見て、自分の写真をとられていると意識したのです。

 李下に冠をたださずという格言がありますが、日銀総裁は、村上ファンドへの出資について「出資したときは村上ファンドは正しかったのだから出資も正しい。今、村上ファンドが正しくなくても、正しかったときの出資だから正しい」と言い切るのは、まるで、「応援した人が間違っていても、応援した自分は間違っていない」と言っているようなものですから、素人から見ても「だまされやすい人が、日本経済の総本山の指揮をとっていていいのだろうか?」と思ってしまいます。

 だから、私も、今後は電車に乗っているとき、女性の前では、携帯電話を操作するのをやめます。

2006年06月13日

オーストラリア戦1-3

 勝てないけど応援すると言っておきながら、後半の39分まで、「もしかしたら、勝てるかもしれない」と誰しもが思った試合だったと思います。私もそのひとりでした。
 前半の一点は、あきらかに、幸運な得点。シュートの数の違いからしても、9番と10番の身体能力からしても、いつかは得点を入れられてしまうから、なんとか、追加得点をと思っていて、「あと10分」を迎えたときでした。

 日本のゴールキーパーもすばらしいセービングで何度も強烈なシュートをふせいでいました。ところが、前半の日本の得点が幸運なら、後半追いついたロングスローインに飛び出したゴールキーパーは、オーストラリアからみたら「幸運」でした。
 ヒディング監督という前回の韓国チームをベスト4まで押し上げたオーストラリアの監督は、どこかが他の監督と違うのでしょう。オーストラリア選手の胸トラップや早いサイドキックや正確なステップキックによるパスを見ていると、選手たちが基本的なプレーを徹底的に仕込まれたことが分かります。そして、「あと10分」で3得点を入れたのは、9番でもなく10番でもなく、後半から新しく入れた選手でした。
 クロアチア、そしてブラジルに、「もしかしたら勝てるかもしれない」と、また思うことがあるのでしょうか?
 みなさんは、どんな応援をしていますか?
PSビートさんが掲示板にもサッカーについて書き込みをしてくれています。

2006年06月10日

サッカーワールドカップ

始まりましたね。
みなさんは、夜も寝ないで、観戦しますか?
論評は、なんとなく、予選リーグ突破はむずかしいようですが、テレビはやたらと盛り上げていて、コメントテーターやタレントは、「負ける」とは言いづらいのでしょう。
ただ、こういう「それいけ、やれいけ」の風潮は、とても危険のように思います。勝てないのに勝てるから応援しろというのは間違っていると思います。勝てないかもしれないけど応援しろというのは分かります。
弊社も、実はこのW杯観戦を社員研修旅行で企画していましたが、残念ながらチケットが手に入らず、日本で応援することにしました。
とにかく、代表のみなさんには、がんばってほしいですね。

2006年06月09日

コメントいただきました

「大山コマ」のところでコメントいただきながら、エントリーが3日ほど遅れました。
早速にコメントいただきながら失礼しました。お詫び申し上げます。  6月9日 管理人

2006年06月08日

せりかわ内科クリニックで安談が始まりました

 今月から、このホームページでリンクをはっている、せりかわ内科クリニックに、安談手(カウンセラー)が月に3回水曜日午前10時から午後3時まで駐在できるようになりました。二人のベテラン安談手(女性)が交互に駐在しています。
 神奈川県三浦市で、地域医療に長年とりくまれている芹川直行院長が、これまでの安談の実績を認めて、安談のスペースを提供してくださいました。弊社とクリニックはれっきとした契約関係にあるので、もちろん守秘義務はきちんと守られますし、医療と心理が独立した立場を保ちながら、相談に来られる人をサポートするので、地域にも役立つトータルケアを目指す、しかも、心理とコラボレートする日本では類を見ない新しい医療の試みです。安談の側から見ても、心のありようについて、よく理解してくださる医師とともコラボレートできるのは、とてもありがたいことです。
 どうぞ、安心して、ご来談ください。
 初回の安談は無料で受けられるので、このお知らせをご覧になって、せりかわ内科クリニックにおける安談を希望する方あるいはお問い合わせの方は、弊社の安談窓口0467-61-0451またはせりかわ内科クリニック0468ー87-1666まで、ご連絡をください。   青山学芸心理

2006年06月07日

筋肉痛

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またまた、ビッグサイトに行ってきました。ヘルスアンドフィットネスジャパン2006というイベントでした。
パーソナルトレーナーをしている人に案内人をお願いして、最新式のフィットネスのためのマシンを見てきました。
 驚いたのは、高齢者用のマシンがあって、自分の力ではなく、堅くなった体を動かしてくれる機械ができていること。
 フランスのサッカー選手ジダンも自宅で使っているエンダモロジーという血流をよくするマシンを試しに使ったら、一昨日の筋肉痛が、ほんとうに楽になったこと。
 隣の会場では、今年の新卒ための、就職フェアをやっていて、リクルートスーツの学生がたくさん集まっていました。
 動いてみないと分からないことが世の中にはたくさんあります。

2006年06月05日

大山ゴマ

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 昨日、CPたちと、丹沢大山(1252m)に登ってきました。インサイダー取引、エレベーター事故、近隣殺人などのニュースが続く中で、登山客とすれ違うたびに「こんにちは」と挨拶を交わす世界に、ほっとするひとときを感じました。
 すれ違ったひとりの登山客に「このグループはなに?」とたずねられたときに、高校生CPのひとりがすかさず「小学生から50歳までのグループです」と答えたのを聞いて、そのとき足がじんじんと痛むのを感じていた私は、「そうか、小学生から50歳までのグループの最年長なんだ」と思い知らされたわけです。
 そんなほとんど力の入らなくなった足をひきずりながら、帰り道のお土産やさんで目にしたのが、「大山ゴマ」です。実は、40年前に親に買ってもらった大山ゴマをいまだ持っていたのですが、お店の人が「もう、コマ職人は、大山にも5人しかいない」「紐も、麻紐を使っていたのが、最近はビニールになってしまった」と言うのを聞いて、比べてみたくなって手に入れました。
 下方の大きく見える紐(これは麻でできている)が緑色のが、現在のコマ。上方の小さく見える紐が青色のが、40年前のコマです。
 ふたつのコマをご覧になって、50歳(正確には来春に50歳を迎える)のつぶやきが聞こえますか?
 同じメンバーで、この七月に、日本で一番高い山、「富士山(3776m)」に登ります。
 何かお感じなる方、コメントをどうぞお寄せください。  6月5日 63

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